広島地方裁判所 昭和39年(行ウ)7号 判決 1967年4月17日
原告 株式会社 角吉
被告 広島県知事
訴訟代理人 山田二郎 外四名
主文
被告が、原告の医薬品一般販売業の許可申請につき、昭和三九年一月二七日付でした不許可処分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
(当事者双方の申立て)
一、原告
主文同旨
二、被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(請求の原因)
一、原告は、福山市に本店を置き、広島市や岡山市その他に支店を置いて、化粧品・婦人雑貨の販売業、スーパーマーケツトの経営、医薬品の販売業等を営業目的とする株式会社である。
二、原告は、昭和三八年六月二五日付の書面をもつて、福山保健所を経由して、被告に対し、次の店舗での医薬品の一般販売業の許可を申請し、その申請は同年七月一一日右保健所で受理された。
店舗の名称 くらや福山店
店舗の所在地 福山市築切町二六三番地
管理者 大下悦男
薬剤師 右同
ところが、被告は、原告の右許可申請につき、昭和三九年一月二七日付で、「薬事法第二六条において準用する同法第六条第二項および薬局等の配置の基準を定める条例第三条の薬局等の配置の基準に適合しない。」との理由で、不許可の処分をした。(なお、右処分の通知は同年二月一日頃原告に到着した。)
三、しかしながら、被告のした右不許可処分は、次のいずれの理由によつても、違法である。
(1) 薬事法第六条第二項および「薬局等の配置の基準を定める条例」(昭和三八年広島県条例第二九号、以下単に県条例と略称する。)は憲法第二二条に違反する。
薬事法第二六条第二項において準用する同法第六条の第二項、第四項は、薬局や医薬品の一般販売業等の開設の場所が配置の適正を欠く場合には許可を与えないこととし、その配置の基準を都道府県条例の定めるところに委任している。しかし薬局等の開設場所の適正配置云々といつても、所詮薬局等の開設に関し距離制限を設けることにほかならず、かゝる距離制限を設けることは既存業者を競争から護ることによつて同人らの利益をよう護することになるだけで、一般国民の利益にはならない。国民の立場からすればすぐ近くに薬局等があることは便利であり、また業者の競争が激しければ激しいほど安価に薬品を入手できてかえつて利益である。したがつてかゝる距離制限を設けることは職業の自由を保障する憲法第二二条に違反し無効である。そして薬事法の前記規定が違憲無効ならば、それらの規定に準拠して制定された前記県条例が無効であることはけだし当然である。
なお、公衆浴場の設置場所に関し距離制限することが合憲であるとしても、その判例の論旨を薬局等の場合に援用することはできない。なぜならば、浴場経営者は湯そのものの「生産」から「提供」まで一切を担当し、そのために必要な設備をしなければならない。したがつて、あるいはその過当競争により設備等に影響を及ぼし、ひいては公衆衛生上好ましくない事態を招くかも知れない。しかし、薬局等の場合には、医薬品そのものが生産、流通、販売と各段階に分化分業され、わけても薬の製造は種種法令によつて規制されているところであるから、たとえ薬局等が場所的規制を受けないために過当競争を生じたとしても、薬局等は薬品の販売をするだけで生産を担当しないのであるから、薬品の品質低下等を生ぜしめることはないからである。
(2) 前記県条例第三条は薬事法第六条第二項、第四項に違反する。
右県条例第三条は、薬局等の設置場所の配置場所の配置の基準をまず既存業者から水平最短距離でおおむね一〇〇メートルとすることと規定して、距離制限を原則とし、例外的に人口や交通事情等を考慮することとしているが、これは母法たる薬事法の趣旨とするところではないから無効である。
(3) 昭和三八年法律第一三五号によつて薬事法の一部が改正され、それによると、薬局等の開設は、改正前には当時の薬事法第六条に定める事由に該当する事実のないかぎり許可されたが、改正後にはそのほかに薬局等の設置場所が配置上適正でなければ原則として許可されないことになり、その適正配置の基準は各都道府県条例で定めることとなつた。右改正薬事法は昭和三八年七月一二日公布し即日施行となつたが、原告はその施行前たる同年六月二五日付の書面で許可を申請して同年七月一一日その申請を受理された。しかるに、被告は昭和三九年一月二七日改正後の薬事法およびこれに準拠して制定された前記県条例を適用して原告の申請を不許可としたが、これはすでに発生した事実に対し事後の法を遡つて適用したものであつて、いわゆる法律不遡及の原則に反し違法である。法改正前の許可申請に対しては、たとえ法改正後に処理する場合でも申請者の利益を考慮して改正前の法(許可基準)を適用すべきである。
(4) 仮にもし本件の場合前記県条例によつて処理するのが正しいとしても、その条例の解釈適用上本件許可申請は許可するのが相当である。すなわち前記県条例第三条によれば、薬局等の配置の基準を一応既存業者から水平最短距離にして一〇〇メートルを隔てていることとしながらも人口や交通事情その他調剤および医薬品の需給に影響を与える各般の事情を考慮して一〇〇メートル以内でも許可を与えることができる旨規定しているところ、本件申請の場所は国鉄山陽線の福山駅の近くでしかも福山市の商店街の中心地に位置して流動人口も多く、福山市商工課と福山商工会議所が昭和三八年九月八日(日曜日)した調査によつても、「福山駅前を午前九時から午後六時までの昼間だけで延べ三万一〇〇〇人余が往来し、そのうち延べ二万四六〇〇人余がスーパーストア等を中心として買物をしている。」との結果が出ており、更らに同市は年々新工業都市として人口増加の傾向にある。これに加えて原告の申請している「くらや福山店」は近郊からの客もあつて日に「万」を下らない顧客をもつている。これらの事情は前記県条例の「人口や交通事情その他調剤および医薬品の需給に影響を与える各般の事情」に該当するものというべきである。しかるに、これらの事情があるにもかゝわらず不許可とした被告の本件処分には事実の認定ないしは前記県条例の解釈適用を誤つた違法がある。
四、被告のした不許可処分には右のような違法があるのでその処分の取消を求める。
(請求原因に対する被告の答弁および主張)
一、請求原因第一、二項の事実は認めるが、同第三項は争う。
二、薬事法第六条第二項および薬局等の配置の基準を定める条例は憲法第二二条に違反しない。
医薬品は国民の日常生活にとつて必要欠くべからざるものであり、しかもそれは国民の保健衛生に重要な関係をもつものであるから、その調剤もしくは供給を業とする薬局その他の販売機関は多分に公共性を有する施設であるといわなければならない。もしその開設を業者の自由にまかせて何らその偏在および濫立を防止する等その配置の適正を保つために必要な措置を講じないときは、その偏在により、調剤の確保と医薬品の適正な供給は期し難く、また、その濫立により、濫売、廉売等の過当競争を生じてその経営を不安定ならしめ、ひいては、その施設に不備、欠陥を生じ、品質の低下した医薬品の販売、授与等好ましからざる影響をきたす虞れなしとしない。このような事態は医薬品の国民生活の上に果たす役割に鑑み、できるかぎり防止することが好ましい。したがつて、薬局等の設置の場所が配置の適正を欠き、その偏在ないし濫立をきたすに至るがごときは、公共の福祉に反するものであつて、このような理由から薬局等の許可を与えないことができる旨の規定を設けることは、憲法第二二条に違反するものではない。なお、薬事法第六条第二項と同趣旨の規定である公衆浴場法第二条第二項後段の規定が合憲であることは最高裁判所の判決によつてすでに確定した判例となつており、その判例の論旨は、ほとんどそのまゝ薬事法第六条第二項の合憲の論旨とすることができよう。
三、原告は前記県条例第三条は薬事法第二六条、第六条第二項、第四項に違反すると主張するが、右条例の規定が右薬事法の規定に違反しているか否かは本件処分が違法か否かとは関係がないので論ずる実益がない。なぜならば、薬事法第六条第二項は他の法令の規定をまつてはじめてその内容が充足されるというような規定ではなく、自足完結的な内容をもつた規定であり、しかして前記県条例第三条は薬事法第六条第二項を適用するにあたつての一応の基準を定めたものにすぎないので、薬局等の開設の適正配置の適否は専ら薬事法第六条第二項によつてのみ決せられるべきであるからである。仮りに前記県条例第三条が薬事法第六条第二項の具体的要件を定立したものであつて、許可不許可処分の直接の根拠規定であるとしても、それは薬事法が例外として不許可とする場合の細則を具体的に定めたものであつて、薬事法の範囲を逸脱した違法はない。
四、行政処分は、特別の経過規定のないかぎり、その処分当時の法令に基づいて行うべきであつて、申請当時の法令に基づいて行うべきではない。しかして、昭和三八年に改正された薬事法には、改正前の申請に対してはなお従前の法を適用する、旨の経過規定がないから、本件処分にあたつて処分時の法令たる改正後の薬事法第二六条第二項、第六条第一項、第二項、それに同条第四項の規定に準拠して制定された前記県条例を適用したことは当然のことであつて、何ら違法ではない。
五、本件不許可処分には前記県条例の解釈適用を誤つた違法もない。
前記県条例第三条によると、「薬局等の設置の場所の配置の基準は、……………既設の薬局等(……………)の設置場所から新たに薬局開設の許可等を受けようとする薬局等の設置場所までの距離がおおむね百メートルに保たれているものとする。ただし、知事は、この適用に当つては人口、交通事情、その他調剤及び医薬品の需給に影響を与える各般の事情を考慮し、広島県薬事審議会の意見を聞かなければならない。
前項の距離は、当該相互の薬局等の所在する建築物のもよりの出入口(通常客の出入りする出入口をいう。)間の水平距離による最短距離とする。」と規定している。そこで、これを原告の申請する店舗の場合についてみると、同店舗は既存の薬局(ミオ薬局)から水平距離で五五メートルのところにあり、しかも半径約百メートルの圏内には五軒、半径約二百メートルの圏内には一三軒の薬局があるので、周囲の人口その他各般の事情を考慮に入れても、原告の申請する場所に更らにもう一軒医薬品の販売店を加える必要性はないものと認めて、薬事審議会の意見をきいたうえ、不許可処分としたものである。したがつて本件不許可処分は原告の主張するような違法はなく適法である。
(証拠関係)<省略>
理由
請求原因第一、二項の事実は当事者間に争いがない。
そこで、被告のした本件不許可処分が違法であるか否かについて判断するが、薬事法第六条第二項および「薬局等の配置の基準を定める条例」(昭和三八年広島県条例第二九号)が憲法第二二条に違反するか否か、並びに右条例が薬事法第六条第二項、第四項に違反するか否かについての判断はしばらく措き、まず、本件処分が申請時の許可基準によらないで処分時の許可基準によつたことが違法か否かについて判断する。
昭和三八年法律第一三五号によつて薬事法の一部が改正され、これによつて薬局、医薬品の一般販売業および薬種商(以下薬局等という。)の開設許可基準が一段と厳しくなつた。すなわち、改正前には、当時の薬事法(第二六条の準用による)第六条(改正後の同条第一項と同じ、ただし一号の二を除く)で定める事由に該当しないかぎり許可されたものであるが、改正後には、そのほかに、薬局等の設置の場所が配置上適正でなければ許可されないこととなり(薬事法第六条第一、二項)、その適正配置の具体的基準は各都道府県条例で定めるところに委任された(同条第四項)。
右改正薬事法は昭和三八年七月一二日公布し即日施行となつたが(昭和三八年法律第一三五号附則)、適正配置の基準を定める広島県条例はその後同年一〇月一日公布され即日施行となつた(成立に争いのない乙第四号証の一、二)。
ところが、右改正薬事法および県条例には、本件の場合のように、許可基準の変更前にした申請をその変更後に処理する場合、いかなる許可基準を適用すべきか、すなわち、申請時たる改正前の法令の定める許可基準によるべきものか、それとも処分時たる改正後の法令の定める許可基準によるべきものか、その点に関する経過規定がない。
もつとも、右条例第四条には、この条例の施行に関し必要な事項は、知事が定める、とあるけれども、その点に関し特別な定めがされたとの主張、立証は存しない。
被告は、右のような場合には、改正前の許可基準によるべき旨の経過規定のない以上、処分時たる改正後の許可基準によるべきが当然であると主張するが、しかし、かゝる経過規定がおかれるのは、既得の権利もしくは地位を尊重し、法律生活の安定を確定するうえから立法者が条理上当然のことを明文をもつて確認したにすぎないものと解されるので、かゝる経過規定の定めがないからといつて改正前の許可基準に依拠すべきでないとは断定し難いのである。
むしろ、右のような場合には、社会情勢の変化等に基づき、個々人の既得の権利もしくは地位が侵害されてもやむを得ないと思量されるほどの、特に強い公益上の必要性が認められないかぎり、処分時たる改正後の許可基準によるべきではなく、申請時たる改正前のそれによるのが相当であると解する。けだし、許可申請の受理によつて、その時から、知事は受理当時の法令で定める許可基準に照らし、特に不適格な事情のない限り許可をなすべき法令上の義務を負い、これを申請人からみれば、申請人の許可申請が受理当時の許可基準に適合している以上当然に許可されるという利益(ないし期待)を有するからこの利益は、厳密な意味において既得の権利もしくは地位とはいい難いとしても、いわば既得的利益として、それらに準じて保護されて然るべきで、これを尊重することは、私人の権利保護並びに法律生活の安定上当然の要請というべきであるからである。
(これ、新法不遡及の原則ないしは事後法の禁止の原則の趣旨とするところである。)
これに反し、申請時の許可基準を適用しないで、事後に定められた許可基準を適用することは、申請人の前記のごとき既得的利益(ないし期待)を奪うことになり(申請人は行政指導の名目のもとに受理までに相当の設備や用意をしているのが通例と認められる)、法律生活の安定を害すること明らかである。
ところで、前記の改正薬事法および県条例によつて新たに加えられた薬局等の設置場所が配置上適正を欠くか否かの基準は(かゝる基準を設けることが憲法第二二条に違反するか否かについての判断はしばらく措き)その基準の定立前になされた許可申請にも適用すべきほどの公益上の必要性があるものとは認め難い。
(なお、被告は、改正規定の第六条第二項(第二六条第二項の準用による)は、それ自体自足完結的な規定であつて、昭和三八年七月一二日から施行されたので、本件申請のようにその前日に受理されたものについては、即日許可ということは考えられず、当然に右規定が適用されるものと主張するもののようである。しかし、右第二項は、第四項、第三項と相俟つてはじめて具体化された法規となるもので、それ自体自足完結的な規定とは解されないので、適正配置に関する広島県条例が公布施行されるまでは、右第二項は適用の余地がないものと解するのが相当である。したがつて、被告知事は、本件許可申請の受理後すみやかに右改正規定によることなく従前の第六条第一項(第二六条第二項の準用による)のみによつて、本件申請を処理すべきであつたといわねばならない。そして、その処理にはそれ程の日数を要しないものであろうことは、本件審理の結果に照らし容易に推察できる。しかるに、証人岡英彦の証言によつて明らかなとおり、広島県では、右解釈と異り、改正薬事法が施行された以上、もはや改正前の規定によつては許否できないとの立場を採り、新条例の施行並びに新しい薬事審議会の発足を待つて本件処分をし、しかも処分時の法令適用主義を唱えたわけであるが、被告の採つた右措置は独自の法解釈に基づく恣意的なものといわざるをえない。よつて、被告の右主張は採用の限りでない。)
そうすると、本件処分の場合には、前記の原則(新法不遡及の原則ないしは事後法の禁止の原則)にのつとり、申請時の法令の定める許可基準によつて許可不許可の決定をするのが相当であつたといわなければならない。したがつて、その申請時の許可基準によらずに、申請後に定めた許可基準を適用してなした被告の本件不許可処分は違法であり、爾余の点について判断を加えるまでもなく、取消を免れない。
よつて、被告のした右不許可処分の取消を求める本訴請求はこれを正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 熊佐義里 菅納一郎 角田進)